ご意見・ご感想
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   杉板の床に座る
 バリアフリー1
 杉板の床に寝ころぶ
 バリアフリー2
 ●家族と間取り
 断熱について
 杉板の床に寝ころぶ2
 ●家が健康な家
 ●和食と建築
 ●子供の目線
 ●PTAと仕事
 ●「視床下部」と家の関係
 ●PTAと仕事 Part2
 ●暖房レス住宅?
 ●量のバランス
 ●見えない安心
 ●心を入れる家づくり
 ●屋根の断熱
 ●壁の断熱
 ●馴染むという時間

 ●雰囲気づくり
 ●物と心と生きる道
 総二階の家
 人と家とのキャッチボール
 家の変化を楽しむ
 快適の尺度
 船のデザイン
 湿気を甘く見てはいけない!

 大切なもの

 
杉板の床に座る

杉の床に座っていると、ほのかにお尻が暖かくなる。冷たくないのだ。
きっと、保温力がすごくて人の体温を返してくれているのかなと思う。

 
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バリアフリー1

門構えをしっかり作る人が却って入りにくい家にしてしまうことがあるように、バリアフリーも考えすぎると却って生活しにくい家になりがち。誰のためのバリアフリーか一歩引いて考えよう。

 
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杉板の床に寝ころぶ

杉の床に寝てしまう。夏は朝まで寝てしまっても全然体が痛くないから不思議だ。
体験して初めて分かることかも知れない。

 
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バリアフリー2

バリアフリーは高齢者、子供、障害者のためだけではない。フィジカルなものだけではなく、メンタルなものでもある。自然との間に息苦しいバリアをつくってないか・・・
バリアフリーとは、自然に力まない生活の実現のためのもの。

 
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家族と間取り

間取りを考えるとき、得てして人は個人(自分)を中心に考えがちだ。
家とは自分以外の“家族”との交流の場と考えれば一生住みやすい家になるはず。

 
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断熱について

断熱を考えるがゆえに、熱=空気の出入りをシャットアウトするように考えてしまう。高気密・高断熱は息苦しくないのか?
自然に呼吸する建材を選んで断熱性の高い組み方をすることが大切だと思う。

 
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杉板の床に寝ころぶ2

一歳半になった赤ちゃんが新築に引っ越してきました。以前の借家の時は寝転ぶことなどなかったそうですが、無塗装の杉の床は気持ちがいいらしく、よく寝転んで遊ぶようになったそうです。
赤ちゃんも気に入ってくれたみたいです。
よだれはよくつきますが、気にならないといわれます。
よく「子供が汚すのである程度大きくなって」ということを耳にすることがありますが、小さな時にこんな家に住むと感性も変わるのではと思います。

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和食と建築

私を大切にしてくださる方の一人に「日本料理にしおか」の西岡さんがおられる。
西岡さん曰く、「日本料理には創作料理は要らない。日本には四季があり、その四季折々の素材をどう生かし切るかというその一点のみが日本料理の神髄。」と言われる。生かせる事に気づく事が大切だが、気づくと楽しいと言われる。
まさしくその通りだと思う。ついつい建築もデザインを意識してしまうことがあるが、大切な事、必要な事を追求していくだけですばらしいものが出来る気がする。
デザインしないのに居心地がいい。そんな家をつくることは私にとっても楽しく生きる秘訣になっている。

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家が健康な家

人も寝る時には化粧を取ります。
家も化粧(塗装)を取りたいかも?
見るからに家が気持ちよさそうな家。
そんな家見たい方はいつでもどうぞ

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子供の目線

子育ての中でよく言われているのが、子供(特に幼児期)の目線に合わせるということ。
確かに腰をかがめて話すとそうなるのだが、よく観察すると“合わせてやっている”というような雰囲気も見える。
もともと日本は床(畳)に座る文化であり、床に座ると自然と子供と目線があう。また誰が見ても自然だ。
今はなんとなく西洋化しているが、このような日本の文化も大切な教育の一端を担っているのではないだろうか?
そんな意味で掘りごたつ風の楽に座り立ちしやすいテーブルは利にかなうと思う。

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PTAと仕事

33歳から39歳まで7年間小学校の執行部(本部)にいた。そのうち5年間会長という役をしたのだが、今振り返ると多くの財産をもらった。
子供のために役に立とうと思うと、自然と今の社会の矛盾が見えたり、大切なものが明確になってくる。
具体的には、食の問題であったり、環境の問題であったり、地域社会の問題であったり、家族のあり方であったり、基本に帰って自分の生き方まで思わされた。
今からやろうと思っても出来ることではないし、その時その時に出来ることだと思う。
そんな意味では、それが出来たことは幸せだと思うし、チャンスを逃がさなかったのだと思う。
実は、その事が今仕事に大変役立っている。
あるお客様は、「加藤さん、高校になった時に嫌われないお父さんになる為にはどうすればいいのですかと?」・・これは仕事の打ち合わせの時の会話。
自分の体験と思いを伝え、それを今でも実行されているそうだ。
これも、いい家にするために大切なこと。
そもそも家は人がすむ為に造るのだから家族が仲良く生活できる手助けも大切だと、私は思う。
まだたくさん伝えたい事が出てくると思うので、Part2でまたいつか。

 
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「視床下部」と家の関係

脳の中枢部に「視床下部」という脳があります。
この脳はホルモンのバランスを調整する役割がありますが、真っ暗な状態でないと成長しないそうです。
切れる子供、大人。色んな要素、たとえば食生活の乱れ等もありますが、この脳が成長していないとも言われます。
今は真っ暗な状態がなかなかありません。
街灯で寝室も明かりが入ってきたり、豆球をつけて寝る家族もあります。
是非、真っ暗な状態で寝ていただきたいですね。ちなみに私の場合は設計の時からその話を持ち出し、豆球のない照明を付けるようにしています。

 
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PTAと仕事 Prat2

懇親会はつき物で「しなくてもいい」という人もいたが年度の最初と忘年会は必ず行っていた。
その時の問題は、いつも「
人が何人来てくれるか?」なのだが、不思議と途中から集まりが良くなってきた。
それは会を開く事自体を目的とするのではなく、「来た人がいかに満足してくれるか?」に基本をおいた企画を行ったからだと思う。
PTAという組織は、規模が大きく、また子供が中心なので見えにくいが、見えにくいからこそ学びの場がある。

会のテーマとして視点を置いたのは子供たちではなかった。
先ず、「親はみんな同じ悩みを持っていて、自分だけではないんだ。」と思える環境をつくる事。
そして「親は完璧でなくていい」という事をいかに実感してもらうかという事。
また、子供を通じた友達を作ることによって、悩みを相談できるきっかけづくりの場にするという事。
これらのことを意識しながら毎回の挨拶にも加えた。
勿論自分も全てが分かっている会長ではないと。

「みんな同じ仲間」 そんなものが一番いいような気がする。
これは仕事においても、お客様と一緒に作り上げる意識の勉強だったような気がする。

 
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暖房レス住宅?

ある新聞系の雑誌にスウェーデンの建築家が「暖房レス住宅」を作ったとあった。
人の体温や照明、調理の熱、家電製品の発する熱を外に出さないことで、マイナス21℃にもなる冬を無暖房で過ごせる家だそうだ。
仕組みの基本は、厚さ40cm(!)もの断熱材と特殊フィルムを張った高断熱ガラスで家を包み込み、換気のために外に出る暖かい空気の熱をフィルターで保存して、外から入る冷たい空気をその熱で暖めてから室内に取り込む「熱交換システム」を使っているようだ

日本でも通用するということで紹介してある。
確かに、暖房無しで過ごせれば、燃料資源の消費も抑えられ、有害なガスも排出することなく、地球環境にはやさしいかもしれない。実際、環境対策住宅ということでも売り出しているらしい。
でも、日本家屋の良いところは、昔から四季に移りゆく美しい自然とシームレスに調和した造りにあったはずで、それが風土にあった造りであることは今も変わらないと思う。
日本らしく自然と調和しながら快適な家を作ることは可能なのだ(参考:断熱材について自然建材について)。
無防備で一歩外に出ると死さえ待っているような厳しい季節が長い北欧では、家は自然から人を守るものであるかもしれない。
でも、こんな息苦しい家を日本で作るようになってしまっては、ますます外が見えなく、感じられなくなってしまわないか?
そんな心配をしながら読んだ記事でした。

 
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量のバランス

お客さんから「この家はなんとなく落ち着くね」と言われる事が多い。
もちろん、自然の素材を大切に使っているからと言うのが理由として大きいと思うのだが、実はもう一つ大切なことに気づいた。
それは、家の中にいる人を包んでいる素材(ムクの杉材や珪藻土の壁など)のバランスが良いと言うことだ。
木の家に入ると、木の香りや木の地肌などのイメージから、森林浴をしているような感覚になってなんとなく落ち着く。それは意識の中で森の中に飛んでいくのだが、森林浴と言ってもマイナスイオンを感じているわけではなくて、森の中という空間のイメージが湧いているのである。
そこで大事なことは、なぜ森林の空間が落ち着くイメージを醸し出すのかと言うことだが、実は、森の土と木々のバランス、また木の幹と枝と葉っぱのバランス(質感や色、割合など)がいいから落ち着くのではないかと言うことに気づいた。
木の家と言っても、どこもかしこも木で固めてしまっては逆に木が強すぎて落ち着かない。それぞれの建材の特性を良く生かし、適正なバランスを生み出す“量”を見つけることが大切なのだと思う。

 
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見えない安心

基礎の工事は後では見ることができない。少々雑にしていたとしても少々の地震ではどうもならない。
しかし見えないところの安心ほど心強いものは無い。
私の場合、直径13ミリの鉄筋を使うところを16ミリにしている。3ミリのことで見た目で頑丈さが違うことがわかる。
お客さんもそう言ってくださる。
適材適所で適正な判断が必要になるのだが、見かけだけのj時代も終わろうとしている。
この家に何十年も住むのだからトータルで見つめて安心を提供できればと思う。

 
心を入れる家づくり

最近、河合隼雄氏の本にはまっている。
豊かな社会のなかで失ったものは「心」だと言われる。確かにそうかもしれない。
家も
形だけにこだわり、心のない家になってしまっているのかも知れない。
そんな中、友人の話だが、お母さんの手が荒れているのを見た子供が手が荒れないようにするために何かプレゼントしようと兄弟に持ちかけた。
兄弟三人とお父さんが結論を出したのは、お茶碗洗いは交互に当番でしようという事だった。それからお母さんの手も荒れが治ってきた。
なんともほ微笑ましい話だと思う。想像するだけで心地よくなる。家族の基本かも知れない。
家造りにおいても、こんな家族の家を造るとするならどんな家になるのだろうか?うきうきするような話である。
心を入れる家づくり、新しいテーマかも知れない。

 
屋根の断熱

家の健康を考えるときに、外の熱をできるだけ中に入れないということは大事なことである。
そこで、太陽の熱が最も吸収される屋根の下にも断熱を施すのだが、こうして(写真)垂木の上に野地板を張り、また垂木を載せて野地板を張ることで、その間隙に流動的な空気層を作り出し、熱をすばやく外に逃がすことができるようになる。また杉が断熱材の働きもするので効果が大である。
住む人にとっても快適な作りだが、住宅を長持ちさせるためにもこのような配慮が必要だと思う。

 
壁の断熱

外壁下地を完了した時点でいよいよ内部壁下地に断熱材を吹き付けます。
断熱材を施工するときに、隙間が開く事があります。
実は少しの隙間でもあるとそこから熱は逃げるようになります。
そうなると断熱をしている意味が半減することになります。
私の場合は、隙間ができる可能性が低いことと、断熱材そのものが呼吸するという視点からこのダンパックという素材を選んでいます。
下地の木の美しさがグレーに隠されてしまいますが、住み心地は格段にアップします。
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馴染むという時間

我が家を建てて3年が経過した。
作品紹介でご紹介した熊本の家では、 3年目の我が家の様子を見て玄関先の雰囲気を造っていただいた。
昨年の8月に新築し1年が経とうとしている。
木の成長と一緒に家もこの地に馴染んでいくのかなと思う。
人から地域から愛される家にはこの「馴染む」ための時間が必要なのかも知れない。
神社の境内には必ずシンボルツリーがあり、時の経過を告げる。そういう場所ではその時間が人々に安らぎを与えてくれているような気がする。
家造りを考えるときに意外と忘れていたのはこの「馴染むという時間」なのではないだろうか

 
雰囲気づくり

福岡の現場を受けてくださった工務店に我家と黒岩邸を見学に来ていただいた。
現場を進めるにあたり見ておいて欲しいということもあった。
入って来るなり言われたことが、「ホームページの写真と違いますね」ということだった。
おかげで雰囲気というものをつかんでいただいたので今回はよかったなと思うし、実際お客様が先に見て下さり雰囲気を気に入ってくださっているので、共有できるという点では安心にも繋がったような気がする。

家づくりをする中でいろんな要素があるが、自分たちが心地よい環境を作るために大切にしなければならないのはやはり雰囲気なのかなと思う。
作品造りをしてしまうと雰囲気が消えてしまい、見栄だけが表現されてしまうこともある。この「雰囲気づくり」は永遠のテーマなのかも知れない。

 
物と心と生きる道

ふと気いたことがある。
考えて見たら19年間愛用しているカッターがある。このカッターはオルファ製のカッターなのだが、ステンレスの周りに無垢の木がつけてあり、肌合いがかなり良い。
と商品はこのようなものだが、実は私が一級建築士の試験に合格した時に事務所の先輩にプレゼントしてもらったものなのだ。
多分一生大切に使うだろうなと思うが、何が大切かは如何に本物かという事ではないだろうか?いいものを大切に使う。それと同時に27歳の時の初心に帰れる。
物と心と生きる道、無関係ではないような気がする。

そんなことを考えていたら、今度はパイロットの S-20というシャープペンシルに出会った。
パソコン時代に鉛筆を持つ喜びを又覚えてしまった。楽しくなる。

 
総二階の家

よくある話。
総二階がいいですよ。雨漏りの少なくて費用も安いですよ。
ホントにそうでしょうか?一階にあったら良い部屋二階が良い部屋は必ずあります。
まずクローゼット、ほとんど二階です。寝室の横です。実はこれはアメリカの習慣に近いところがあります。
日本の現状をみると脱ぎ散らかされた上着がどこかに散乱しています。
そして文句をいいながら片付ける人が必ずいます。
私の設計の場合クローゼットは一階の玄関のすぐ近くに置くようにしています。なぜなら帰ってきた人がすぐ置ける場所だからです。
出る前に正装して出かける。これが日本の自然なスタイルではないだろうか?
総二階にこだわると、意外な落とし穴もあるのではないかと思う。
生活のスタイルをしっかりみて家造りはして欲しい

 
家と人とのキャッチボール

同じ住宅がホームページ上、又人が住んでいる時、住んでいない時で全然違う。
ホームページでは写真になるので大切な雰囲気までは伝わらない。
住んでない家では全てが死んでいるように見える。
ところが人が住んだときからしっくり来るのだ。あの家がこんなにまでとかもよくある話である。
そんなことを考えると、家にも愛情は必要なのかも知れない。
家と人とのキャッチボール、考えて見ることも大切だろう。
私は磨く作業が大切ではないかと考える。艶が出たり年月の経過とともに味が出る。
そんな家がしっくりくるのではないだろうか。

 
家の変化を楽しむ

我が家が建って6年になる。完全無塗装の杉の床も経年の変化と共にいい艶が出てきた。

新別府の家は3年経過している。
四歳の子どもは元気盛り、少々の床の傷は気になる範囲ではない。
こんな寒いときでも裸足で動きまわっている。(床暖房が入っているわけではない)
ここの床も程よく馴染んできている。

昨年8月に完成した佐土原の家はまだ生まれた赤ちゃんのように肌がきれいである。
よく私は「人間の人生と同じような家を造りましょう」と言うが、まさしくこの床に出会った時からそう思うようになったのかも知れない。
真新しさの中に優しさがある空間である。

このように変化を楽しみながら、家と共に生きる事の楽しみが出てくる。
またこうして実際住んでいる家を見せていただけることは本当にありがたい。
また見に来られたお客さんは、その変化を一度に見られるので安心され納得されるみたいだ。
家造りを行う上でこうして私だけでなく、お客さんまでが協力してくださり、一緒にこのような家を広めたいと思ってくださる事に有難さを感じると共に、何をするでも協力者(共感者)であってくださる事が嬉しい

 
快適の尺度

地震に強い家を持つ事により安心感を持てる。確かに不安をなくして生きる事は大事な事だが、マイナス要因を0にする家を欲しがる事でいいのだろうか?
私は在来木造しか造らない。
3年前に福岡の東区に住宅を設計させていただいた。完成後半年で震度6の地震があったが壁にわずかなひずみはあったが、ヒビにはなってなかった。
地震に強いことは当たり前である。
その上に立って豊かに生きる家を考えて欲しい。
わが社の家は地震に強いですよ。という営業もなくして欲しい。

 
船のデザイン

特に小さな船の水面に当たるところのデザインが好きなのだが、
自動車の場合は主に整備された道路を走るのに比べて水の上は本当に自然で決まった形がない。
そこを駆け抜ける場合、水に馴染むデザインがより安定しているのではないかという結論に達した。
結局何においても自然という媒体にどう馴染むかが 「美」 の要素として捉えていいのではないだろうか?
私がする家のデザインも家が主張するのでなく、どう溶け込むかをKeyポイントにしているが、
船のデザイインからいつの間にかヒントを得たのではないかと思う。

 
湿気を甘く見てはいけない!

私が住宅を設計をする時に大切にしている事が床下の空間である。
通常60センチ程度高さを確保しておけば床下を這って点検することは出来る。
と同時に風の流れも良くなる。
乾燥しているとシロアリも来にくくなるし、気になる時には気軽に点検できることが安心にも繋がる。
床下をなくして設計する家も増えているようだが、何かの時に見えない事は不安にも繋がる。
又直接コンクリートと接したり、空気の流れがないと言う事は安心は出来ない。
何十年も住み続ける家はやはり湿気に対して敏感であるべきだと思う。

ちなみにクールチューブは強制的に床下の空気を動かすことになるので、一石二鳥である。

 
大切なもの

大学時代(30年前)から使っている芯研器。図面を書くのに大切な道具である。
如何に円錐に綺麗に研ぐかによって図面の綺麗さが変わるという、使う人の腕も試される道具である。
この道具、実は研ぐ時のやすりと鉛筆の奏でる音が精神安定に非常に良い。
これから図面に向かう精神統一だ。
大工さんも毎朝仕事前に鑿を研ぐことで一日の心構えをしている話を聞いた事があるが、まさしく一緒だと思う。
最近はパソコンで何もかもやってしまう。鉛筆は一日使わない人もいるだろう。
しかし心構えとか精神統一はやはり大切だと思う。
いい仕事をする為にもこの作業はこれからも大切にしていきたい。

   
 
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